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宮澤かれんさん(ハンドスタンプアートプロジェクト海外特派員)第1回「卒業後の進路は『世界一周』」

今回のUpdaterは、高校卒業後たった一人で世界一周した宮澤かれんさん。世界遺産の小笠原諸島母島で育った彼女は、サッカーを通じて世界中の友人と親交があった父の影響で幼い頃から世界一周を夢見ていたという。そんな彼女が出合ったのが、ハンドスタンプアートプロジェクト。障がいや病気を抱える子どもの存在を広く知ってもらうため、手形で世界一大きな絵を描き、2020年の東京オリンピック・パラリンピックで掲げることを目標に活動している。彼女がこのプロジェクトに出会い、クラウドファンディングで資金を集めるまでのプロセスに迫った。

 

東京の果てから、世界を夢見る

早川:かれんさんは人前で話したり、取材を受けたりするのって相当慣れているイメージがありますが、いかがですか?

宮澤:何度か講演はさせていただいていますが、慣れることは多分ないかなと思っています。

早川:ラジオにもけっこう出演されていますよね。
どんな感じですか?

宮澤:今は生放送でもラジコというアプリで1週間聴くことができます。
毎回話しやすいように意識をしているはずなのに、全然イメージと違って、毎回落ち込んだり反省したりしています。

早川:ラジオの収録では、台本が用意されていたり、大幅に編集されたりするのでしょうか?

宮澤:自由な部分もありますが、ある程度話すことは決まっています。
事前にこちらからラジオを通して伝えたいことを話しておきます。
そうすると、どのタイミングで話すのかを向こうが考えてくれます。

早川:なるほど。マイクは意識しますか?

宮澤:はい。「もうちょっとかっこいい言い方をしたほうがいいのかな?」なんて考えてしまいます。

早川:今日はそういうことは一斉禁止で、リアルな話を聞かせていただきたいと思います。
テーマの中でも、「クラウドファンディング」と「世界一周」という2つのキーワードは、切っても切れないと思います。
僕がご縁をいただいて、かれんさんと出会ったのが3年前。
2016年の10月に父島に訪れたとき、共通の友人に紹介していただきました。
そのときかれんさんは高校3年生で、「世界に行きたい」と言って、目をきらきら輝かせていたのです。
その後一度品川でお話を聞く機会があり、世界へ旅立って行かれました。
ぼく自身も2年半ぶりくらいにお会いします。
「ハンドスタンプアートプロジェクト」の海外特派員として、高校を出ていきなり世界一周されたんですよね。
18歳の女の子が一人で世界一周するのはふつうではないと思うんですけど、そのきっかけはどこにあったんですか?

宮澤:生まれ育った場所と環境が一番影響しているのかもしれません。

早川:小笠原の母島ですよね。

宮澤:はい。おもしろい家庭で、年間を通して、国籍も職業も異なる父の友人が遊びに来ていました。
彼らからいろいろな話を聞いて育ったので、子ども頃から、「大人って自由でもいいんだ」と思っていました。

早川:ぼくはかれんさんのお父さまもよく存じていますが、すごくユニークな方です。
お父さまも当然世界を回っていたのですか?

宮澤:父は若い頃ブラジルにサッカーをしに行っていたことがあります。
その経験から、「誰も自分を知らない土地で0から1をつくることを、若いうちにしたほうがいい」と教えてくれていたような気がします。

早川:今、「教えてくれていたような」とおっしゃいました。
お父さまが直接的に「世界へ出ろ」と言ったことはありますか?

宮澤:母島は人口400人のすごく小さな島です。
みんなほとんど顔見知りという環境で生まれ育ってきたので、父は「世界はここだけじゃないよ。もっとおもしろいところがあるし、もっといろんな人がいる」ということはいつも言っていました。

早川:小笠原を全然知らない人もたくさんいると思います。
東京から行くとしたらまず父島ですか?

宮澤:はい。東京の竹芝桟橋から小笠原丸という船で24時間かかります。
朝の11時に船が出たとしたら、次の日の11時に父島に到着します。

早川:東京都にありながら、ある意味世界のどこに行くよりも遠いですよね。

宮澤:そうですね。
移動時間が一番長いところだなと思います。
飛行機の乗り継ぎを含めても、まだヨーロッパやアメリカのほうが近いという感覚です。

早川:そういう意味では、世界一周しているときも、移動時間はそんなに苦になりませんでしたか?

宮澤:はい。子どもの頃は船酔いがひどくて、気持ち悪い、苦しい状態が24時間続いたんです。
それと比べたら飛行機は映画も見られるしジュースも飲めますから。

早川:母島で育った人は、ほとんど島外へ出るんですか?

宮澤:母島には小中学校しかないので、隣の父島にある小笠原高校に行くか、私たちが「内地」と呼んでいる本土のほうで進学するしかありません。
母島の子はどちらにしても15歳になったら家を出る必要があります。

ハンドスタンプアートとの出会い

早川:高校卒業間近になるといろいろ考えますよね。
どうしてハンドスタンプアートの特派員と結びついたのでしょうか? 

宮澤:もともとやりたかった世界一周と結びついたからです。

早川:例えば「ちょっと海外に行ってみよう」でもいいわけじゃないですか。
いきなり世界一周というのがいい意味でクレイジーだと思いました。


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