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栗栖義臣さん(株式会社はてな代表取締役社長)第2回「たし算より、かけ算がおもしろい」

株式会社はてな代表取締役社長の栗栖義臣さんは、エンジニアとして転職した後、サービス開発本部長に抜擢され、数年で2代目の社長に就任。
同社は2016年2月には東証マザーズへの上場も果たす。
もともと大阪大学で原子力工学を学んでいた栗栖さんが、社長というポジションにたどりつくまでに何があったのか?
その道のりを追った。

上場して何が変わったか?

早川:栗栖さんが考えるこの会社のユニークさって何でしょうか。
カルチャーでもいいんですけど。

栗栖:カルチャーという意味だと、オープンなところが特徴だと思います。
本当に情報を隠しません。
例えば、ノウハウを持っていても、自分の中にとどめてしまう人がいますよね。
「こうしたらうまくいく」という情報を抱えて、自分だけが得をするとか。
うちのスタッフは基本的にそういうマインドがありません。
むしろ、うまくいったことは積極的に社内に出していって、周りの人も成功するようにしています。
その土台の上で、もっとうまくいく方法を見つけることを繰り返しているのです。

早川:社員を採用するときには、栗栖さんも面接しますよね。
いわゆる明文化されたルールがあるのか、もっとふわっとした感覚で判断しているのかわからないですけど。
面接するときにはどこを見ていますか?

栗栖:そこは両面あります。
今いるスタッフと同じマインドを持っているかどうかという部分が半分。
逆に、「うちのスタッフにないものがあるのか」という部分が半分。
その人の性質によって、バランスを見ながら考えています。

早川:2016年2月に上場されて、この収録時点は3年が経ちました。
3年で何が変わりましたか?

栗栖:上場するときには監査が入って、社内の制度がチェックされます。
その過程で、今まで不明瞭だったところがクリアになっていった部分はありますけど。
社内で大きく変わったところはそんなにないと思います。
一方で、私自身が一番変わったと感じているのは、会社の信頼度です。
法人向けに、ブログやコンピューターのサーバーを監視するシステムの提供をしているんですけど、現場の方が「このサービスを使いたい」と会社に言っても、上司が「『はてな』って何? その会社は大丈夫なのか?」と心配されることがありました。
上場することによって、売上の規模や会社の状況がオープンになるので、お客様に対して説明しやすくなったんです。
あとは、転職してうちの会社にジョインしてくださる方も増えました。
上場企業というだけで、ご本人やご家族の安心感が得られる面もすごくあるなと思います。そういう面ではすごくよかったなと思いますね。

早川:なるほど。

栗栖:私自身も2008年に転職してきたときを振り返ると、売上の状況がわからないままだったので、そういう面では不安がありました。
そこがクリアになっているのは大きいとは思います。

はてなに入社し、社長になるまで

早川:栗栖さんご自身がジョインしたのは2008年という話がありました。
いかにして栗栖さんが『はてな』に入り、そして社長になったのでしょうか?
もともとは鹿児島にいた青年だったわけですよね。

栗栖:自分で言うのも何ですが、鹿児島にいた朴訥(ぼくとつ)な青年でした(笑)
大学は大阪に行き、大学院まで進みました。
専攻は原子力工学です。
同じ学科の人たちはだいたい原子力関係の会社に就職していました。
ただ、私自身は「原子力がおもしろそう」と思って入学したんですけど、そこから先の人生をかけていくくらいのモチベーションはなかったんです。
当時、2001年から2002年にかけては、Windows98が登場し、インターネットやITという言葉が世の中に出始めた頃でした。
それに触れているうちに「システムをつくるのもおもしろそうだな」と思ったんです。
システムインテグレータに入社して、5年くらい勤めさせていただきました。
最初はエンジニアとして働いていたのですが、次第に管理系の仕事が多くなってきたので、「自分でコードやプログラムを書きたい」という欲求が強くなったんです。
2008年ごろは、株式会社はてなが京都の会社を引き払って東京に移り、もう一回開発の部隊だけ京都に戻したころでした。
エンジニアを募集していので、妻に「受けていいかな?」と相談したら、「いいよ」と言うので。受けたら通っちゃったっていう感じですね。

早川:現在の姿を想像して入ったのですか?


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