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高汐胤哉さん(カーペンター/オークランド)第1回「捨てる」ことで 「つかんだ」もの

子どもの頃、勉強しろと言われたことはない。
学校に行かずにプラモを作っていても怒られなかった。
高校にも大学にも行った。でも、ただ勉強だけしていたたわけじゃない。
好きなことにも妥協しなかった。
古着。スニーカー。スケボー。スノボ。アメリカ。

大学卒業翌日には「昨日まで履いていた」エアマックスを脱ぎ捨て、地下足袋を履く毎日を選んだ。

「あること」がきっかけで29歳の時にニュージーランドへ。
生活のために働き始め、永住権を取得した。

自分のスタイルでつくる。図面は引かない。頭の中にある。
働いているというよりは、好きなことをやってお金をもらっている感覚に近い。

そんな多くの人があこがれる「好きを仕事」にしたのが今回のUpdater高汐胤哉さんだ。
その発想・行動・創造の源泉をさぐった(2016年3月オークランドで対談)。今回は前編をお届けする(2016年3月オークランドで対談)。

大工とカーペンターはどう違う?

早川  今回の対談のきっかけは、胤哉さんが「日本人カーペンター」として活躍していると耳にしたことです。そもそもですが、大工とカーペンターはどう違うのでしょうか?

高汐  僕の親戚一同は皆、大工や電気工事屋という職人の家系なんです。僕は電気工事屋の家系に生まれて、父も祖父も電気工事屋なんですが、他の親戚は、府中の大國魂神社という由緒ある大きな神社の大工さんだったんですね。僕は父の電気工事の仕事を少し手伝った後に30歳近くで大工の道に入ったので、日本でいう大工だと名乗ると申し訳ないという感覚がありました。「自分ではまだ大工だとは言えない」と今でも思っています。「将来は大工さんになりたい」というのが目標というか夢なんですが、そういう意味で今は「カーペンター」なんですね。

ニュージーランドでは、「カーペンター」以外にもうひとつ「ビルダー」という名称もあるんです。大工のことを皆「ビルダー」と言うんですが、これには建物を建てるというニュアンスがあります。これも直訳すれば「大工」なんですが、カーペンターのほうは家具を扱ったり、全般にトリッキーな仕事をしたりするので、日本の昔の大工さんに近い雰囲気があるんです。それで、そちらのほうがかっこいいかなと思って、カーペンターという肩書きを使っています。

早川  当然のことですが、日本語と英語で同じニュアンスを表現するわけではないので、日本人の「大工さん」を英語にしたときには、今のように2つの表現があるということですね。

高汐  こちらの人はそれほど気にしていないですね。皆、「ビルダー」と言っています。
僕は20年ほどずっと職人をしていますが、日本では今、職人というのは「かっこわるい仕事」という雰囲気がありますよね。今でこそ「和風総本家」などのテレビ番組でフィーチャーされて、昔かたぎの職人さんが脚光をあびています。ですが、僕たちがやっている現場の仕事なんていうのは、何百人がやる仕事の1つにすぎません。大きな会社がとった仕事の中で、下の下の下で働いているので、「かっこいいから」と思って大工さんになるようなことは、日本ではほとんどないです。でもこちらでは、子どもたちが「ビルダーになりたい」とか「水道屋になりたい」「電気屋になりたい」と言うんですよ。職人がけっこう胸を張って仕事をすることができて、なおかつ稼いでいるというイメージがあるので、僕はこちらにいるほうが、思いっきり仕事ができるんですよね。

早川  それはなぜでしょうか。ニュージーランドでは職人の地位がきちんと認められて、実際にお給料もそれなりにもらえるわけですか?

高汐  こちらでは全部時給で決まっていて、今の最低賃金は15ドルくらいなんですが、ある程度仕事ができる大工であれば、時給で50ドルくらいもらえるんですよ。

早川  今は、1ニュージーランドドルが80円ほどなので、時給が4000円とか5000円ということですね。

高汐  水道屋がいちばん高くて80ドルとか90ドル、電気屋が70ドルとか80ドルなんです。高額の時給がもらえることもあって、皆が職人をやりたいと言うので、「汚れ仕事」とか「はずかしい仕事」っていうイメージじゃないんですよね。「稼いでいるからかっこいい」というような見方があるんですよ。
日本であれば、スーツを着て電車に乗って、都内の有名な企業で仕事をすれば、何をやっていてもかっこいいという印象があると思います。それとは全然違いますね。

インスピレーションで空間をデザインする

早川  ここはご自宅ですよね。1階にはガレージがあって、その中でワークショップ(仕事場)を見せていただきました。道具もたくさんありましたね。そこで実際にお仕事をされている姿を想像することももちろん魅力的だったんですが、個人的にいちばん刺さったのは、そこにあるテーブルなどを胤哉さんご自身が作っておられるということ。しかもそれが廃材というか、どこかで使わなくなったものを再利用しているということでした。

高汐  ピカピカのきれいなものより、そういうもののほうが好きですね。

早川  今は、2階にあるご自宅のスペースで、テーブルを前にして収録しているんですが、このテーブルも以前はドアだったんですよね。

高汐  現場のドアでした。

早川  想像がつくかどうかわかりませんが、金属とガラスでできたドアがテーブルになっているんですよ。これはどういう経緯だったんですか。

高汐  これはもともと日本食レストランのドアなんですが、そのままだと日本食らしさがないので、木のドアに変えることになったんです。木のドアを僕が作ったんですが、もともとあったドアをはずしたところ、テーブルにちょうどいい大きさだったので、そのままもらってきてテーブルにしたんです。

早川  言われてみれば確かに見事にはまっていますね。「これは使えそうだからもらっておこう」というのは、一瞬でひらめくんですか。

高汐  「意外と使えそうだ」ともらっておいて、気が向いたときに作ることが多いですね。このテーブルも今は自分のうちで使っていますが、ゆくゆくはどこかのお店で置いてもらって、その場で販売してもらうことも考えています。

早川  それはすばらしいですね。何かいい意味で、胤哉さんの肩書きを表現するのに「カーペンター」というくくりでは収まらないように思うんですが、ご自身ではどうお考えですか。

高汐  何かを利用して何かを作るという僕のこの考え方は、日本にいるときからあったものかもしれないですね。子どものころから何かを作るのが好きだったんですが、こちらに来てマオリの人たちと一緒に仕事したことで、ますますそういう発想が膨らんだように思います。彼らにはもともとそういう発想があって、ものを捨てずに再利用するんですよ。そういう人たちと仕事をして、何かすごく感銘を受けたというか、こんな発想でいいんだと安心したんです。

こちらに来たばかりの7年、8年ぐらい前に、一軒のレストランを作らせてもらったんです。そのお店のほとんどを廃材で作ったんですよ。家にあったものや現場に落ちていたものを皆で寄せ集めて作ったお店だったんですが、その場所も白人が夫婦で住むような高級住宅街のエリアで。そんなところにあえて廃材で日本っぽくしたお店を作ってみたんです。お金がなかったからそうするしかなかったんですが、現場でいらないタイルをもらってきて、皆で割ってモザイクにしたり、木を寄せて細工したり。そのときに一緒に仕事した人たちの発想が面白いなとも思いましたし、「この表現の仕方で人に受けるんだ」というふうに少し自信になったところもありましたね。

早川  そういうお話を聞いていると、こちらの人たちの仕事のやり方に胤哉さんがすんなり入ったというようにも思えますが。


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