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清水哲郎さん(画家/ミラノ)第2回「立ち止まる勇気」

29歳!?イタリアに降り立った年齢を彼から聞いたとき、僕はとても驚き、そして同時に勇気づけられたことを今でも覚えている。5浪の末、美大を諦め専門学校へ、その後2年間助手をしたうえでの渡伊。しかしそこで待っていたのは、厳しい現実。そしてガンまでも乗り越えて、国立大学で教鞭を振るいながら創作を続ける現在。これほどドラマティックな人生を歩んできた方を僕は他に知らない。ほとばしる彼の情熱が自分にも伝染する、そんなインタビューだった。今回は後編をお届けする(2013年10月ミラノで対談)。

 

 

がんの発病、治癒、そして再発。絵を描くことが抗がん剤だった

早川  ここ数年間はどんな活動をされてきたのでしょうか?

清水  よりテンションの高いもの、より表現力のあるものを求めてずっと活動してきたのですが、自分の中で、予兆というか、直感というのは常にあって。2000年の段階から、「ジレンマ」「トラウマ」「ショック」「クレージー」といったタイトルの絵が多くなり、自分を落ち着かせるような作品がなくなりました。
タイトルというのは「自分の動機」です。動機を持って絵を描いて、それをタイトルにしていました。ですから、そのようなタイトルを付けるということは、自分の中で動揺や不安などを感じる予兆だったのだと思います。
自分の体の変化が不安となって現れたのか。日本と全く違うイタリアという文化・社会の中で何の手がかりも無しに暮らしているということが不安だったのかは分かりません。とにかく「孤独の中で制作している」という感覚が次々とわいてきて、それを作品にしていました。それがある時、自分の健康状態と精神状態はリンクしているということに気がついて、爆発しました。2007年のがん発覚です。
大腸がんの第4期で、転移もしており、かなり進行していました。すぐ入院となり、3日後に手術しました。結果的には、手術は成功。転移したものは全部摘出しました。その後は抗がん剤を飲みながら、イタリアに戻り、制作を再開しました。


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