小田原靖さん(人材紹介会社経営/バンコク)第2回「能動力」
アメリカのカッコいいビジネスマンになりたかった。だが当時同国は不景気のどん底。それでもとにかく海外に渡りたかった。マレーシアを経由して、なんとなくタイへ。
言葉が通じない。タイもタイ人も大嫌いだった。それでも帰ろうとは思わなかった。帰るのが、恥ずかしかった。見よう見まねで会社を立ち上げて、365日働いた。気付けばタイ国内同業のなかでトップ企業となっていた。
在タイ歴は日本よりも長くなった。社員による横領、リーマンショック、ビジネスパートナーの……数多くの想定外に見舞われた。
だが、それでも続けている。
いつかタイも下り坂になるかも知れない。しかし「自分はこれからもここにいると思う」。
そう語る今回のUpdater、小田原靖さんの目は、20年先の未来を見据えていた。今回はインタビュー後編をお届けする (2015年10月バンコクで対談)。
今後の課題は「いちばんいい会社」を突き詰めていくこと
早川 小田原さんの社長としての今のいちばんの仕事は具体的に何ですか。
小田原 社内の人材育成ですね。管理職がいなくて困っているので。
早川 誰しもが感じることだと思うんですが、創業者がそのカリスマ性で貫いてきた結果、会社はうまくいっている。でもやはり小田原さんの人脈ありきで、完全に任せられるという状況では今現在ないということですか。
小田原 残念ながら、全然任せきれる状態ではないんですよ。そこが大きい課題でもありますね。今はすごくぶれている状態で、社内で人を育てなくてはいけないけれど育てきっていないし、育ちきってくれないから、外から雇うのかどうかを考えています。でも外から雇うとなると、今までいる人たちが気持ちよくないだろうから、自分が望んでいるいい会社からはずれるような気もして。
早川 リアルタイムですよね。ただ、もしそこにナンバー2、ナンバー3が育てば、小田原さんとしてはもう一段高いところで何かをしたいんでしょうか。それとも何か違うことを考えておられるんでしょうか。
小田原 違う方向ではあまり考えていません。たまたまご縁があって、貸しオフィスや研修事業をしていますが、それは人材紹介の仕事の一貫で、同じ流れだと思ってやっているんです。
違う仕事をしたいというより、「いちばんいい会社にする」というのを突き詰めていきたいですね。ありがたいことに、「いちばんいい会社だと思っている」と言ってくれる子たちが会社の半分くらいいるんですよ。「これ以上余計なことはしなくていいですよ」と言われるんですが、彼女たちは、今度は成長しつづけなくてはいけないことがわかっていないんですよね。「今の給料でこれから5年間働いてくれるか」と問うと、つまってしまう。ですから、事業の拡大ではなくても、成長しつづけなくてはいけないというのがもうひとつの課題でもありますね。成長させるためにどうしたらいいのかを日々考えています。
早川 そんな中で、2007年から紹介件数ナンバー1であり続けるというのは、生半可なことではないと思うんですが。ご自身で改めて振り返って、なぜナンバー1であり続けられていると思われますか。