清水建宇さん(豆腐屋/バルセロナ)第1回「一身二生」という生き方
体はひとつでも、その人の人生に制限はない──。元ニュースステーションのコメンテーター清水建宇さんは伊能忠敬の生き方にあこがれたひとり。 忠敬は事業家として成功した後、50歳で学問の世界に飛び込み日本地図をつくった。 清水さんも60歳になって日本を離れてスペインで起業した。
豆腐アドヴェンチャーと彼が名付けるチャレンジは「意外とうまくいっている」という。 顧客の6割はスペイン人! ここまで日本文化が現地に溶け込めた秘訣とはなんなのか? 外国人として生きるのになんの息苦しさも感じないという清水さん。その言葉の裏には何があるのか? 遠くバルセロナで活躍するUpdaterに話をきいた(2013年10月バルセロナで対談)。
持ち家率約90%のスペイン。家は代々受け継がれていく「資産」
早川 今回はスペイン、バルセロナで豆腐屋「東風カタラン」の店主、清水建宇さんにお話を伺います。ここは清水さんのご自宅ですが、お住まいになってどれくらいになりますか?
清水 もう2年くらいですね。
早川 この建物は古いのですよね?
清水 この建物は築84年くらいですが、スペインでは新しい方ですね。バルセロナで都市計画が行われたのが100年前なので、100年くらい前の建物が多いのですよ。それより若い建物は「新しいね」と言われます。ピカソ美術館のあるゴシック地区というのはもっと古くて、だいたい150年前から200年前の建物が普通です。
早川 むしろ新興住宅みたいな感じなのですね。確か、建物自体が市の文化財に指定されているのだとか。昨日もツアーの観光客がいましたね。
清水 毎年この時期は「建築週間」と言って、市の文化財の建物を公開して一般の人に見せるのですよ。普段は中に入れないので、この2日間だけはいっぱい見学客が来ます。
早川 普通に記念撮影していましたよね。「すごく素敵なところに住んでいらっしゃるな」と思ったのですが、ここは6階ですか?
清水 日本風にいうと6階ですね。でもこちらの表記では2階なのです。昔、フランコ総統が軍事独裁政権を敷いていた時期に、5階建て以上の建物に重い税金をかけたことがありました。そこで、ここを建てた人達が一計を案じたのです。普通、日本でいう一階はプランタバハと言うのですけど、もうひとつ上から数え方が始まるのですよ。最初はプリンシパル。これは建物の持ち主や貴族、資産家などが住むフロアですね。その上にもう1つのプリンシパルを作ったのですね。それがやっと1階になるのですよ。もう1つの1階、プリメルピソを作って。初めてその次に2階が来るわけです。ですから表記は2階だけど日本風に数えると6階なのです。
早川 面白いですね。そういう意味があるのですね。僕は84年前に建てられたのにエレベーターがあることにすごく驚きました。
清水 ごく初期のエレベーターなのです。ゴンドラが木製で、ワイヤーも全部見えます。ドアが閉まる仕組みも見えます。この古さが、かえって愛おしい感じがしますね。「かわいいな」と思っています。ときどき故障しますけど(笑)。
日本からスペインに来て最初に気づいた違いが、皆が100年前、150年前の家を修繕して大切に使っていることです。日本は違いますよね。鉄筋コンクリートの建物ですら法定耐用年数は40年くらいでしょう。木造住宅はもっと短いですよね。普通の人達は住宅ローンを払って家を1軒買っても、死ぬ頃にはその家の使い道が無くなってしまって、子ども達はまた住宅ローンを抱えてマイホームを持って、ということを永遠に繰り返していますよね。
ここは違います。100年前に買って支払いも済んだ建物を大切にして、子どもや孫、ひ孫まで住宅ローンなしで住んでいるわけでしょう。住宅が何代にも渡って使える資産、ストックになっていますよね。日本はほとんどが1代限りでしょう。
早川 1代限りで、ローンに苦しんでいますよね。
清水 そうなのです。日本は給料が高いし、GDPも世界で何番目かだけど、永遠に家を作っては壊してということを繰り返しているから、ちっとも豊かになりません。こちらは豊かですよ。ストックがあるから。
早川 ローンで苦しむことはあまりないのですか?
清水 ほとんどありません。だいたい、ひいおじいさんの代で払い終えていますから。しかもスペインは持ち家率が高いのです。最新の数字は分からないけれど、数年前に見た時には87%でした。ここの人達は住宅ローンを払わないでも家に住むことができるし、自分の家を他人に貸して家賃収入を得ることもできます。
早川 聞いているだけでも日本とは根本的にライフスタイルが違うのですね。
清水 違います。スペインは経済危機で、日本はそうではないと言うけど、日本は実はストックが貧弱なのですよ。ヨーロッパはどこも資産が豊かでしょう。それも公共的な資産と言われている、鉄道網、道路を含めて豊かですよ。スペインの高速道路は30kmくらいの範囲はただですよ。空港からタクシーで来ると分かりますけど、高速道路料金は払いません。しかも、高速道路らしく混んでなくて速いのです。東京だと首都高で700円くらいですよね。僕が日本で住んでいる家が千葉県の木更津にあるのですけど、東京から木更津まで行くのに1900円くらいかかります。こちらは給料が安いですし、GDPも低いです。でもスペインの方が豊かだと思います。
早川 「日本から見ると、スペインは経済危機」というお話がありましたが、そういう実感はこちらの方にもありますか?
清水 失業率は高いですから、若い人の仕事がなかなかないという意味では経済の危機を皆が感じていますよね。
早川 それと、豊かかどうかというのはまた別なのでしょうか?
清水 よくラテン気質と言われますけど、やっぱりスペインの人が1番大切にしているのは家族なのですよ。2番目は今日楽しく生きることなのです。明日のことは明日考えます。皆そんなに豊かではないけれど、バルに行ってコーヒーを飲んで友達とおしゃべりして、夜は家族と一緒に外食。そしてひいきのサッカーチームの試合を応援して快哉を叫んで、翌日は元気に働きます。こういうのを見ていると「どっちが幸せか」ということを考えますよね。
新聞記者が、バルセロナで豆腐屋を始めることにしたきっかけ
早川 確かにそうですよね。お金だけがすべてじゃないということですよね。清水さんのことは僕も昔から存じ上げていましたけれど、朝日新聞でずっと論説員を務めておられて、ニュースステーションにも出演されていましたよね。新聞記者から豆腐屋さんになるという経緯にすごく驚いたのですけれども。いつどんなきっかけで、スペインに来て、豆腐屋さんをすることになったのですか?