内海直仁さん(ジュエリーデザイナー) 第3回「トラウマを乗り越えるヒント」
昨年、スコットランドの首都エジンバラで、RUSTの受注会が開催された。世界遺産にもなっている美しい街並みが魅力で、内海さんが20歳の時に暮らしていたこともある。実は彼にとって、エジンバラは良い思い出ばかりではなかったという。そんなこの街であえて受注会をする理由をうかがうと、自分の中のつらい記憶を塗り替えるヒントが得られた。
エジンバラで受注会を行った理由
早川:エジンバラやアムステルダムの話がありましたが、どこに行くにも人とのつながりを大切にされているのかなと思いました。
内海:そうですね。やはりそういう作業を自分の心や体が求めているという感覚がありました。
座って待つのではなく、自分から行って何かを起こすイメージです。
エジンバラでの、過去を塗り替える作業はおまけのような感じでしたが、そこまでできたらすばらしいと思います。
残念ながら多くの人は自由気ままに旅できる身分ではないですよね。
まず仕事として行く。結果を出すのがまず及第点です。
そこで自分の感情や過去の出来事にまで影響を与えるのは、おまけというにはもったいない。「出来すぎ」という部分はすごくあります。
それができたのは、自分にとって大きな自信になりました。
次はアムステルダムかパリで受注会を行う予定ですし、アメリカでもしてみたいと思っています。
物作りの部分では、ロンドンの職人たちがつくる仕組みができています。
それをどのように知ってもらうのかという作業に、やりがいや楽しさを感じているのです。
早川:ふつうは嫌なことがあった場所は避けてしまいがちですよね。
内海:何か嫌なことがあると記憶に残ります。
すでに起こったことは変えられません。
忘れるにこしたことはありませんが、嫌なことを忘れるのって、難しいと思うのです。
そこに対してアプローチするには、自分の感情をコントロールする必要があります。
マイナスをプラスにしたいのであれば、過去に起こったトラウマに関して、自分や他人を許すという手段も考えられます。
自分の記憶に紐づいた感情を、少しでも良い方向に持っていくことは一種のスキルだと思っています。
ぼくはカウンセラーではありませんが、できれば子どもたちにも教えたいなと思っているスキルです。
英国のEU離脱の影響は?
早川:ありがとうございます。もう一つだけ質問取り上げさせていただきます。
「内海さん、こんにちは。前回のインタビューを3年前に聴きました。ちょうど人生の転機のタイミングだったので、内海さんがお話ししていたことは当時のぼくの原動力の一つとなりました。ありがとうございます。過去のインタビューの中で自由というキーワードを何度かお話されていました。昨今の英国のEU離脱の話題は日本にいても否が応でも耳に入ってきます。現地で生活されている内海さん個人や会社、仕事に対して、今後どのぐらいの影響が及びそうですか」。
まさに今、生の声をうかがいたい方も少なくないと思います。
内海:ぼくも、EU離脱の鐘をロンドンで聞きました。
残念ながら、日本人には選挙権はないので、国民投票に参加できたわけでもありません。
車でいえば運転手ではなく、後部座席に座っているしかない状況で、何もできなかったが現実です。
おそらくイギリス人ですら、今後の影響についてはわかっていないでしょう。
そんな中で、ぼくは何かが起こるのを座して待っているのではなく、どこかに行って、構築してきた物作りを絶やさずに続けていきたいです。
職人さんたちが物作りをできる環境を維持することが、唯一自分にできる対処法だと思っているのです。
早川:ちょうど7年前にお話をうかがったときは、「移民を多く受け入れてきたロンドンのオープンなところに魅力を感じている」とおっしゃっていたと記憶しています。
それから7年で一気にブレグジッドが起きました。
イギリスに住む個人の肌感覚として、どういう変化を感じますか。
内海:ぼくの場合は、こちらの社会や概念に挑戦する方向で動いてきました。
イベントもうまくいって、わりとポジティブなエネルギーの中で暮らさせてもらっています。
外国人であっても、地域にすごくいいことをしてくれたらみんな喜んでくれます。
そういう意味で、人種差別的や分断というのは、ぼくはそこまでは感じていません。
頭で考えたEUという概念、コンセプトで考えれば、分断の方向に向かうかもしれませんが、遺伝子が何を欲しているのかというところに問いかけていくと、そんなに変わらないというのが正直な感想です。
みんな次世代の子どもたちに何かしたいという気持ちは、数百年どころか何万年という単位で変わっていないと思うし、そうあってほしいです。
やはり次の世代に何かいいものを残したいという想いは、自分たちの持って生まれた遺伝子の中にプログラムされていることだと思います。
概念やコンセプトによって、そこを無理やり曲げようとすると、ひずみが生じるのではないでしょうか。
早川: 2013年にお話をうかがったときに、クリエイティブクラスの人が増えているとおっしゃっていました。
それと、中産者階級の銀行員よりも、いわゆる水道管の職人の給料が高くなっていることもあるというお話もありました。
いまはどのような感じですか。