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佐久間裕美子さん(NY在住ライター)第1回「すべてのはじまりは自由人になりたい」から

今回のUpdaterは、ニューヨーク在住のライター、佐久間裕美子さん。22歳でアメリカ留学し、そのまま新聞社の支局や、出版社、通信社に勤務。2003年にフリーライターとして独立。ニューヨークを拠点に、アル・ゴア元アメリカ副大統領からウディ・アレン、ショーン・ペンまで、多数の有名人や知識人にインタビューをしている。日本でも『ブルータス』『&プレミアム』『ヴォーグ』『WIRED JAPAN』など多数の雑誌に寄稿し、2014年には『ヒップな生活革命』、2017年に『ピンヒールははかない』を出版。そんな彼女が、なぜニューヨークに移り住みライターを志したのか──。(2017年10月インタビュー)

自由人にあこがれ、アメリカに渡る

早川:オーソドックスな質問ですが、佐久間さんは、どうしてライターになったのですか?

佐久間:「他にできることが思いつかなかった」という消去法的な理由です。

早川:本当ですか?

佐久間:本当です。他のスキルは何も持っていません。

早川:僕も元ライターなので、わかるような、わからないような感じなんですけど。

佐久間:子どもの頃から、「いつか文章を書く仕事がしたい」と思っていたんです。
運よく修行できた場所が報道機関で、「自分はどうやら文章が苦手でないらしい」ということがわかってきました。
でも、会社はいつか辞めたいと思っていたんです。
実際にライターをしている人に話を聞いたら「名刺を刷って『ライター』と名乗れば、すぐになれる。ただ、仕事が来るかどうかは別ですよ」ということだったので、会社員時代から、二足のわらじでライターの仕事も始めました。
そうすれば、会社を辞める頃には何とかなるんじゃないかと思って。

早川:プロフィールを拝見すると、アメリカの大学を出た後に、通信社に入社されていますよね。
アメリカには、最初からライター、ジャーナリストになりたくて行ったんですか?

佐久間:そういう訳ではなくて、大学の教授に「先生は何で先生になったんですか?」って聞いたら、「僕は自由人になりたくて」とおっしゃっていて、「私もそれがいい」と思ったんです。

早川:え? 自由になるためにアメリカに行ったんですか。

佐久間:「そうか、教授になれば自由人になれるんだ」って単純に思っちゃったんですね。
政治学を専攻していたんですけど、その頃やっていた勉強は割と得意でした。
「この勢いで先生になれるんじゃないか?」と思って大学院まで行ったんです。
うっかりいい大学の大学院に入れちゃったんですけど、そこには本当にたくさん頭のいい人たちがいました。

早川:隠す必要もないですけど、大統領もたくさん出ているようなところですよね。

佐久間:はい。大統領もたくさん出ているような所に行ってしまって、自分の能力の限界をまざまざと見せられました。
「私には、大学の教授になる忍耐も力もコミットメントもない。これはちょっと違ったな」と思いました。
何かのストーリーを追いかけるのは好きだったので、すぐに頭を切り替えて、BBCの東京支局というところでインターンさせていただけることになりました。
そこにいたのはたったの一夏でしたが、報道のいろはを教わって、「これだったらできるかも」と思ったんです。
テレビは関係者が大勢いて大変ですよね。
「私は文章が得意だから、そっちの方向に」と思っていたら、希望通りの仕事に就くことができました。
その時はそれなりに大変で、最終的には「会社が向いてない」ということに気づいて、独立するにいたったのです。

早川:会社員人生は、結局何年ぐらいだったんですか?

佐久間:6年です。
それも、2年ずつ3社に勤めたので、こらえ性はありません。

早川:3年は続けていないと。

佐久間:はい。2年、2年、2年ですね。
最後には「会社が合わない」のではなくて、会社勤め自体が向いていないことに気がつきました。

早川:僕は以前佐久間さんと別の仕事でご一緒させていただいて、今日は半年ぶりに再会しました。
まだ2回目なので、佐久間さんのことを知らない部分もあります。
昔から、そういうことがすぐに「わかっちゃう」タイプなんですか?


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